シリウスの道(しりうすのみち)
著者名: 藤原伊織(ふじわら いおり)
出版社: 文藝春秋
発売日: 2005/06
ジャンル:ミステリ
「シリウスの道」は 藤原伊織さん著作の、大手広告代理店で営業部副部長を務める主人公が、大型プロジェクトの競合案件の受注を目指す、また、自分の過去と関係の深い幼馴染への脅迫文の謎を追求していくハードボールドミステリ小説です。
藤原伊織さんといえば江戸川乱歩賞や直木賞を受賞している「テロリストのパラソル」がハードボイルド小説として有名ですが、本作品はハードボイルドテイストを残しつつ、著者自身の大手広告代理店(最近は別の部分で社会ニュースとなっていますが)での経験を活かして、広告業界の一幕も知ることができます。
2008年にはWOWOWの『ドラマW』シリーズで映像化もされています。
あらすじ
大手広告代理店の営業部副部長として勤務する辰村祐介(たつむら ゆうすけ)は、人手不足の営業局の中でマネージメントと営業も兼ねる役割を担っています。
そんな辰村の局に、局の担当エリアを飛び越えてワケありの巨額プロジェクト競合の指名を受けるようにと、社内から命令が下ります。
辰村とその上司は局として、スポンサーが日本の広告業界に習慣である一業多社制を嫌ったのではないかと結論付けますが、辰村はプライベートな面で気にかかることがありました。
辰村はプロジェクトメンバーの一員として、優秀な女性総合職である上司や、気概のある途中入社1年目の部下、今回のプロジェクトのために召集した同僚や派遣社員と共に、スケジュールや予算、足を引っ張ろうとする嫌味な社内の人間と対峙しながらプロジェクトの成功を目指します。
そんな辰村のもとに、今回のスポンサーとなるメーカーの競合案件のための最初のオリエンテーションの次の日に突然覚えのない番号から電話がかかってきます。
その電話は今回のお客様となるメーカーの常務である半沢智之(はんざわ ともゆき)からであり、プライベートな内容で相談があるため、会うことができないかとの内容でした。
通常であれば競合案件を抱えているクライアントと広告代理店の一員が会社を通さずに会合することは、いらぬ誤解を生むということをお互いに承知しつつも、辰村には断れない理由もありました。
辰村祐介は幼少のときからしばらく大阪で生活していました。
そこでの生活は決していい環境ではありませんでしたが、浜井勝哉(はまいかつや)、村松明子(むらまつ あきこ)という幼馴染みの存在があり、お互いに助け合って生きていました。
しかし、中学生のときに明子の家庭環境に関するトラブルが発生し、それを解決するために辰村は人には言えない秘密を抱えることになります。
辰村は大阪を離れていることになってから20年以上二人には会っていません。
しかし、明子のその後だけは知っていました。
明子はその後芸能活動で活躍することになり、引退し、結婚しています。
その結婚相手こそが今回のクライアントであるメーカーの常務である半沢でした。
辰村は半沢から明子の過去に関する脅迫状が届いていることを告げられ、事件解決に向けた協力を依頼されます。
その脅迫状がもう一人の幼馴染みである勝哉からではないかと疑いを持つ半沢に対して、それを信じることができない辰村は仕事と平行してその謎の解明に挑みます。
感想
広告代理店の業界を扱った企業小説の面を持っているところがまずおもしろいです。
辰村は直属の上司の意向を敏感に汲み取り、部下への助言や指示も適切であり、課題解決のための人脈が広いというかなりハイスペックな能力も備えているのですが、何より藤原伊織さんのハードボイルドのDNAもしっかりと受け継がれている点が嬉しくなります。
上の立場の人間にも正論をぶつけ折衷案を引き出したり、嫌な人間にも皮肉を痛快に伝える一方で、義理人情は大切にしています。
リアルに寄せた企業小説であれば相手への言葉が過ぎれば途端に嘘くさいものとなってしまうため、これはこれでうまくかみ合っているように思えます。
そして個人的に「テロリストのパラソル」よりも好きな点は、単に広告業界を扱っているという部分だけではなく、戸塚英明(とつか ひであき)という中途入社の1年目の若手の存在が挙げられます。
ハイスペックな辰村に対して、戸塚はまだ広告業界に入社して間もない荒削りな部分がありますが、社会人としての芯が強く、小説を通して戸塚が成長していく過程を見ていく面も充分楽しめます。
ハードボイルドだけではなく、広告代理店を扱った企業小説、また若手社会人の成長物語としてもお勧めできる小説だと思います。
0コメント